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病んだこわい話

あいこが精神を患い、入院することが決まってそれからの時間は飛ぶように過ぎた。
南はただもうぼろきれのように疲れていて、
毎日学校も上の空ですごし、口数は異様にへった。それも、松山に言われなければ気づかなかっただろう。
憔悴というコトバが今の南にはぴったりだった。

南はあいこに会おうとした。でも病室の前で立ち尽くした。
あいこの声が聴こえた。
「おかあ、さん、じゃない」
「あいこ、わかったよ、無理しなくていい。おとうさんが悪かった、覚えてないんだから仕方ないよな」
「お、おとうさんじゃないっ…あんたはおとうさんなんかじゃない!わたしには家族がいるのっ…会わ、せ、て、会わせて、よっ」

耳をつんざくような悲鳴に似た泣き声が病室と南の立っている廊下に響いた。
「あいこ、落ち着きなさいあいこ」
おじさんの優しいけれど悲痛な涙混じりのなだめる声が、南の胃をさらにえぐった。
南は、見舞いの品に持っていたプリンをそれもふたりで食べるはずのビックサイズのを手を滑らせ、無惨に足下に落下した。プラスチックの容器だったので、音をたてたりしなかったのがせめてもの救いだ。

カラメル・パティシエの特製ヨーグルトプリン。あの日小さなサイズのを分けあって、あたしたちは…

南はプリンの紙箱をひっつかんで、その場を何かに追われるように飛び出した。
杖をつく老人にぶつかっても、信号が赤なのにも、クラクションを鳴らされても南は気づかない。

「あいこ、なんで、なんで、なんで」


どうやって帰ったんだろう。気付くと自分の部屋の床に丸まっていた。
冷たい床。涙はりついたあと。


目を見開いて、南が思うことはひとつだった。


携帯が鳴った。
相手が松山だとわかって、南は出ようとする手を止めた。
「出るかよ」
松山でなくても、学校の友人たちと顔をあわせたり声を聴いたりするのが苦痛に感じた。
誰もわかってくれない、わかるはずがない、いまやあいこですら解らないのに。
あいこ。


目をつぶった。あいこが、泣いてる。

「殺して」
あいこ?あいこが言ったの?今
それは自分の口から出たコトバだった。紛れもなく、南のその苦しみすべてだった。

また携帯がなる。
松山だ。しつこいのでよっぽど急ぎの用だろうか
苛々しながら、おさまらないコール音を鳴らす携帯を見つめ、やっと通話ボタンを押す。

「みなみ?みなみ、今おれお前んちの近くなんだけどさ、おーい」
南は松山のいつもどおりの陽気にへきえきした。まぶしい世界が自分をかこんでいて、自分だけ腐臭に包まれているような気がした。自分の醜さを他人はすべて知っていて、腐臭がその醜さが原因だとわらうか鼻をつまむかしている。
「みなみ、飲もうぜ」
「ああ…いいや…ちょっと、今日は」
「お前のすきなの、あるよ。梅酒とか」
「いいって」
「なにいってんだよ、おい、何落ち込んでるんだよ、つまらん」
「合コンとかいけばいいじゃん、女の子と飲みたいなら、あたしじゃなくて」
「ちがうって」
「うるさいなーなにがちがうの。あんた何勘違いしてんの、わたしは、おまえの、彼女予備軍でもなんでもない。振られたときの保険にすんな、死ね」
恋人が途切れたときだけ、わたしはいつも相手になってやっている。
クズだとわかっていたが、憎めなかった。汚い言葉を吐いても一向に傷つかないのは、馬鹿なのか、達観してるのか?見下してるのか?

「おいおいそれ言っちゃいかんだろ、馬鹿じゃねえの」
松山は又変わらない調子で高らかに笑った。
「とにかく俺は飲みたいの。で、今日はみなみに付き合ってほしーの。しかも俺今彼女いるの、もうすぐ一ヶ月だよーアホ」
「じゃああたしと呑んでねえで彼女とよろしくやりまくってろ」
「おごるから」
「前はあたしが貸してたんだからあたりまえじゃん」
「じゃあオトコ紹介するから」
「は?…松山の友達なんてろくなの居たためしないし、きもいのばっか」

結局、河原で飲むことになった。

「おまえ、ちゃんと飯食ってるの」
「ふつうに、食べてるよ」
「ひどい顔だもん」
「うるさい」
「ただでさえ背高くて男前なんだから、がりがりじゃ全然ムラムラしない」
「ムキムキよかいいんじゃない」
「オトコはたいてい、ちょっとぽっちゃりしてるのがいいってみんなゆうよ」
「あんたの彼女は」
「そう、ちょっと腕とかお腹とかぷくぷくしてていいよ」
「そりゃいいね」
「ねえ、あいこちゃん…どうなの」
南は松山のビールをひっくり返した。
「その名前…もう言わないで」
「え、どういう、ちょっと、かかったじゃんかもう」
「あんたの口からあいこって聴きたくないの、ていうか誰の口からも」
「いや、そりゃ、おまえら仲がよかったのは重々しってるよ、でもそこまで言うのは、なに、なんかあったのあいこちゃんと、ていうかまだ入院してるんだろ」
「ないよ何も。あんたに言える様なことはなにひとつ」
「意味深だなあ、じゃあ俺あいこちゃんの見舞い行かせてよ、病院どこなんだよ、それぐらい教えてよ」
「だめよ」
「はあ?」
「酒かってくる、財布貸せ」
「酔ってんのかよちきしょ」



「うわっお前買いすぎ買いすぎ」
梅酒、レモンチューハイ、黒ビール、つまみソーセージ、パン、ウォッカ、マルボロ、100円ライター、おでん。
けだるそうに南はマルボロに火をつけた。
「なんか、場末のスナックのババアみてえだぞ、だいじょぶか」
「あんたが飲もうっていったんじゃん、おごりで」
「そうだけどさあ、いきなりマルボロノーマルはないんじゃない、おまえ、吸ってねかったじゃん」
「たまに吸ってたよ。メンソールなんか吸わないほうがましだと思って買ったりしなかっただけ」
「俺は赤丸のほうがいいけど、じゃあちょうだい」
南は松山のにも火をつけてやった。
「ねえ」
「ん?」
「みなみ、ってさ、あのー」
「なに」
「いや、だからさ」
急に声のトーンが下がる。
「なに?どうしたの?」
南は妙な間にすこし嗤った。
いまさら告白なんてするばかじゃあるまい
「あいこちゃんと、その、キスとかすんの」
みなみは松山をにらんだ。
「あ、ごめんいまのナシ。ナシ」
「松山」
「え」
「あんたとならしてもいいよ」
「ちょ…何」
「キスしてあげてもいいよ」
あたりは日が落ちてすでに暗かったが松山がまともに顔を赤らめているのがわかった。
「あはははははは!」
「え?ど、どういうこと」
「おもしろいね、松山。馬鹿すぎてさ」
「キスしてくんないの?」
「あのね、あたしね、してもいいんだけどさ、たぶんゲロ吐いちゃうよ」
「そうとう酔ってんな、おい、気持ち悪いなら言えよ」
「酔ってる?あたし?」
「そうだよ」
「酔うと淫乱になっちゃうー」
「襲ってくれってことか?」
「そんなことここでしたら殺してやる」
「あっそ」
松山がみなみをじっとみた。みなみはおそろしく冷たい目をしていた。さっきから嗤っているのに目だけ笑っていない。
「お前、目がこわいんだよ」
「そうかな、あたし、いつもこうだもん、無愛想っていつも言われる。昔からよ」
「ここ最近だよ」
「そんなわけない、子供のときから、そう、いやなら目を合わせなきゃいいよ」
「それ、むずかしいじゃん」
「松山、あたしは、あたしは男とキスできない」
唐突に、南は切り出す。
「あたしは、女の子としか、セックスできない」
「あたしがずっと、ずっと愛してるのは、女の子だ」
「あいこ、ちゃん?」
「うん、そうよ」

あたしはあいこに二年も片思いしていた。高校のときから。
まさか同じ大学に行くなんて思っても見なかった。そしてあんなにも恋にもがき苦しむだなんて、思っても見なかった。あたしの大学生活は、最悪から始まった。
「まさか、みなみと同じクラスだなんてびっくりしちゃった」
「あ、あたしのほうが、びっくりしたってば」
「なあに、それ、どういう意味よお!私のこと嫌いみたいな」
「ちがうちがう!すごいうれしかったんだ」
高校時代は、ただ遠目から眺めているだけだった。体育会系バリバリのあたしは正統派おとなしめ女子の輪になかなかは入れなかったから。
いつも花が微笑むようにおしゃべりしているあいこたちがまぶしくてしかたなかった。
あいこは今の大学より上を目指していたはずだった。でも、すべりどめのあたしと同じ学校学科に不本意ながら入った。
あいこはむかしからかわいかったけれど、大学に入るととたんに一皮もふた皮もむけて、誰もが振り返るほどの美人になった。男の子にももてた。サークルに入ると、男の子はとっかえひっかえ。あたしは、あたしはとてもーー
憎かった。
あいこに彼氏の話やサークルの噂話や恋愛相談をされると、腹が煮えくり返った。あいこはいつもいつも恋していたし、恋に生きていた。
あたしにいわせれば入学当初のあいこは恋に恋している熱に浮かされた尻軽女でしかなかった。この子は低級な学校に入って、自分も低級に落ちてしまったのだ。頭は男のこと、セックスと前戯とお洒落のことであたまがいっぱい、スカスカで、スポンジみたいな女。
それでもあたしはあいこと離れられなかった。あいこを嫌いになれないどころか、かえって気持ちはとめられないほど高まった。
あたしは、脚を痛めてそれまでずっと続けていた長距離マラソンも辞めてしまった。駅伝に出るのが夢だったが、入学してなぜだかわからないが徐々にやる気を失い、怪我をきっかけに、いや怪我を理由に、ぷっつりとスポーツを一切やめた。もう、高校時代の純粋な自分にはもどれない何かに乗っかっているようだった。そしてそれは、どんどんとゆるやかに地獄の道へ連れて行こうとしているようだ。
真面目にはやらなかったがあいこと同じサークルに入った。テニスサークルと、ボランティアサークル。どちらもつがいを見つけるためだけの中身の薄いものだったから、真面目にやるほうが馬鹿を見ただろう。
正直サークルの連中とつるむのはかなり肩がこった。ちなみにどちらも数ヶ月前から足を向けていない。
あいこへの気持ちはますますつのり、わたしは絶えられなくなっていた。
あいこに新しい男が出来るたびに男もろとも刺し殺してやりたくなった。そして自分も死のうと、いざとなればそうしようといつも思いながらあいこをみていた。楽しそうに笑うあいこ。そんなことをわたしが隣で思っているなんてまさか考えもしなかっただろう。
松山はあいこ目当てであたしに近づいてきた男の一人だった。
だがテニスサークルのキャプテン(名ばかりで仕事はしなかった。ただ顔と愛想がいいだけのいわゆる憧れの先輩像を絵に描いたような人だった)とできたばかりのあいこにこっぴどくふられ、おまけに酔ったキャプテンに人の女に手ェだしやがってと殴られ、散々な目にあってやむなくあきらめたようなトホホな奴だった。あいこに関連した相談事を何度も受けるうちに、妙に馬があってしまい、なぜか学校ではよく一緒に居た。まさか同じ人を好きになったからといってこうも飽きずにつるんでいられるとはおもわなかった。

そのうちわたしはあることを思いついた。
それはあいこの気になっている男(彼氏とは違う奴だ)がひどいDV男だという噂をまったくちがうグループから耳にしたときだ。
その男は、仮にT男と言うが、ある一年女子に惚れられて付き合ったがデートのたびに暴力をふるうようになり、挙句妊娠させて、別な女と乗り換えて一年女子を捨てたらしい。
しかしながら現在の恋人であるA美にはデレデレでやさしく、共にルックスのよいカップルであるふたりはとかく憧れと評されるそうである。
一年女子のほうはそれきり学校に来なくなった、とか子供を産んだのではないか、とか。
わたしは愛とか恋とかいった感情をあいこほど安売りはしなかったが、そのぶんもっと煮詰まった別などす黒い何かに変わっていくのを目の当たりにした。
これがゆがんだ醜いこころであるとわかっていても、わたしは自分のやらんとすることを止められながった。わたしはわかっていた。これは高校のときに抱いていた甘酸っぱい恋心とは全くちがう。まるで違ういきものが私の中を巣のように占有しはじめたのである。それはもしも名前をつけるとしたら、悪趣味極まりないネーミングではあるが、そう、憎悪というのがぴったりだ。奴はたんなるわたしのマイノリティな恋愛志向性的志向のために生まれたのではないと思う。そういう闇を生み出すに足る、あいこという女性の魔力の産物であり、わたしの本性なのだ。
わたしはその噂を聞いてさっそく、あいこに言った。
「T男さんは彼女居ないらしいよ?なんでだろうね、あんなにもてそうなのにさ」
「え、もしかしてみなみ、先輩のこと気になってる?」
「まさか。わたしイケメン苦手だし」
「あ、そーかそれで松山くんなんだ!」
「え、ああ、まあ」
「でもさ、わたしがT男さんとそういう話してたとき、わざわざあいこのはなし振ってきたんだよ?変じゃない?あいこちゃんって彼氏とかいるのかなあって」

T男にも同じような話をした。
しかも奴は松山の同窓生だった。ありがたく名前をつかわせてもらった。
おかげでわたしは松山の彼女のような立ち位置になってしまったが、松山にはあいこのキューピッド役を買って出たとうまくごまかした。

あいこたちはめでたく付き合うことになった。
もちろんT男には本命の女A美がいるのだ。その裏で、あいこは何も知らず遊ばれていた。はずだった。

T男はまたも女を孕ませた。あいこではない。A美だった。T男はとことんクソのような性根の腐った男だったらしい。責任を逃れたいあまりにA美から逃げ、あいこに寄生した。A美は子供を堕ろしたが、T男に責任を取れと迫った。T男は逃げ続け、A美の怒りは当然あいこに向かった。あいこはA美による執拗な嫌がらせをうけた。それは郵便受けに妊娠検査器と鳩の死骸をいれるとか、縫いぐるみにあえぎ声の入ったICレコーダーを埋め込むとか、犯罪と読んでもいいような極度の当て付けであった。
あいこはそこまできてさすがにT男に別れを切り出した。しかし逆上し、T男はあいこに暴力を振るった。別れるなら殺すと。そもそものDV男の本性を彼があらわし始めるとあいこは恐怖と罪の意識に抵抗できなくなった。

あいこはぼろぼろになった。
わたしが当初考えていたよりももっとひどい状況にあいこは置かれることになった。もちろんわたしはほくそえんだのだ。その話を泣きながらわたしに打ち明けるあいこの肩を抱きながら、あいこはひとりぼっちじゃないよ、などと薄ら寒い言葉を吐きながら。
都合のよいことに、あいこは一連の話を私以外にすることはなかったらしい。
つまりこのか弱い、男たちに脳みそをすっかりスポンジにされてしまった子羊はこの悪魔そのもののわたしのことを唯一無二の親友だと、信じ込んでしまっている!頼れるのはみなみだけ。わたしは快感に包まれた。その瞬間を、わたしはずっと待っていたのだ。

「ねえあいこが大学で付き合った男って何人いるか知ってる?
すごいよ、7人よ。わたしなんかいつも片思いばかりなのに。
しかもその7人の奴らの低脳なこと。松山、あんたなんかあいつらに比べたらよっぽど誠実でいい男に見えるものね。
あたしはその7人全員の、キスの上手い下手とか、告白のセリフとか、セックスのテクニックとか全部知ってる。あいこはいつも酔うとそういう話ばっかり。あのこ頭が弱いだけじゃなくて、口も軽いし尻も軽いんだもの、あんたが思ってるより、いや、まわりの男たちが思ってるよりとってもわかりやすい
わたしはね、ずっとずっと堪えたんだよ。あのこの口から卑猥で汚らわしい言葉や男のことを延々と語られるのを。どんなに馬鹿馬鹿しい夢見る乙女のたわごとでもそう。相槌だけをずっと繰り返して、あのこと喜びを分かち合い、涙して。そんなことがあんたに出来る?二人きりで語り合って今にもあいこの唇にくちづけることだって出来る距離に、いつもいて、そんな素振りを一ミリもみせずにあのこの隣に居続けることが?
世の中のあいこの容姿に惹かれる男たちはだれひとり、ぜったいにそれはできないもの。それだけが、それだけがあたしの幸福、あたしの生きる糧。あたしはあいこにとってただひとりだと思える。そうでしょ?
もう三年もあいこのことを見てるんだもの。そりゃそうよね。わたしにだってごほうびがあったっていいじゃない?」
松山は飲んでいるビールの温度が一気に下がった気がした。
「おい、おまえ、みなみ、いったいお前はあいこに何をなにをした?」
「何って、あたしは」

あたしは法的手段を使ってあいこをT男やA美からまもった。
弁護士を呼び、警察に訴え、二人から慰謝料のようなものもふんだくった。
A美は警察に一旦事情を聞かれるなどしたが、結局は釈放された。
T男は学校を辞め、地元に帰って働きはじめたそうだ。
しかしA美はやはり執念深かった。
嫌がらせはエスカレートした。学校にも、自宅にもA美がばらまいた鳩の死骸と謎の吐瀉物と妊娠検査器。もはやT男のことなど無関係にあいこを攻撃した。
あいこはマンションを代え、わたしはあいこと泊まりあいした。
そのうちに好きになった男や告白された男たちは、A美のいやがらせのとばっちりを食い、あいこから離れていった。

「みなみ、どうしてそんなにみなみはやさしいの」
「あたしは、やさしくなんか、ないよ」
「うそ」
「男が優しい振りをしているのとはちがうけどね」
「やさしいふり、か、そうかもね、みんなあたしを助けてはくれなかった。みなみを除いては」
「あいこは、いつもそばにいてくれるから」
「うん」
「だから、好きよ」
「うん、あたしも」
「ねえ、でもあいこは・・・」

わたしはあいこの身体をうばった。たわいもないことだった。
あいこは心も身体も弱りきっていたから。
でも、それがあたしの本当に求めていたことなのか?
抜け殻みたいになっているあいこを、自分のものにするのが?
わたしが欲しかったのはそういうことなの?


そしてA美がついに事を起こしてしまった。
日の暮れた大学構内だった。
「あいこちゃん?」
ひとかげがあたし達のうしろにするりと入っていった。
「だれ?」
「あ、」
A美が亡霊のように立っていた。
「あいこちゃん…、あいこちゃん」
「ひっ」
「な、なに、なんですか、A美さん、言いたいことがあるならはっきり、面と向かって言ってください」
「あんたには、かんけいないでしょう」
「わたしね、あいこちゃん、あたしね、あの子をあの子をおろしてからね、ひどいのっ…赤ちゃん、出来ない身体になっちゃったの」
「えっそ、そんな」
「もう、生きてていいことないんじゃないかって」
あいこは泣き出している
「つらいの」
「だ、だからってあいこに危害を加えないでくださいっ!そんなことしたって身体も、赤ちゃんも元にはもどりません」
「だからみなみさんは関係ないわ。あいこちゃん…あなただって少しぐらい罪の意識、もってほしいかなってちょっと思ったのよ」
「でも、もうやめましょうよ、こんなことしてたら、あたしたちあの男にまたふりまわされてるだけです」
「なによ?なんのこと?」
「とぼけないで、ください、鳩とか、妊娠検査器とか」
「鳩?知らない」
「それ、どういうこ」
「とにかく、今から死ぬから。一緒にしんでとは言わないから、目の前でみててよ」
A美は注射器のようなものを取り出した。
「わたし、一応薬学科なんだけど、やっぱりこいつが一番てっとりばやいみたいなのよね、青酸カリ」
「A美さん!」
わたしが裏返った声で止めようとしたとたん、A美は静脈にすばやく毒を打った。
10秒もかからぬうちに、A美は痙攣しあわを吹いて動かなくなった。
鮮やかなほど、あっけないおわりだった。

あいこはA美同様に狂ってしまった。
薬物治療が逆効果となったのか、オーバードーズを繰り返して、ある日目覚めると記憶をほとんど失っていた。
そして幻覚症状を訴えた。
「あたしの家にはね、とうさんとかあさんと、それからあたしのかわいい赤ん坊、それに小さな鳩を飼ってるのよ」
もちろんみなみという友人のことなど、、もう覚えていない。