スー氏とサイド氏
今日は大学へ行った。
授業出る気なかったし、出れる精神状態体調でない。(うつ状態のことを体調が悪い、というのはずっと使ってきた言い回しであるが、嫌味な言い訳だとしか思えない。要はだるかった。苦痛であった。)
何をしに大学行ったかというと
健康管理センター(保健室みたいなところ)に病院の紹介をしてもらおうと思った。
もしくはそこの常駐の医師の先生の物腰やわらかな応対を受けたかった、単にやさしくされたかったわけです
私は高校時代から保健室に入り浸って「あーしんどいのね、よくきたね、休んでいきなさい」って言われるの大好きだったんで
心療内科の紹介も必要だったけど、まずは「よしよし、つらかったねーここのお医者さんに相談してみたらきっと治るからね、大丈夫」
みたいに先生に言ってもらえたら心落ち着くはずって思ったんですよね
実際今日は一通り話し聴いてもらえたし、「ほんとうにつらそうだわ、かわいそうにねえ、無理しちゃだめよ」っていう天使みたいな対応でした(≧ω≦)?
だーからどうしたっちゅうの。
紹介してもらったとこはけっこう遠いしよ
だいたい前の医者の薬ろくに飲んでないじゃねえか
薬の効果なんてあんまり信じてないくせに
ムダに金使いやがって
学校の常駐医なんかなにをしてくれるわけでもないんだ
とくにあなたみたいな中途半端なメンヘラにはな!
どうしようもないねえ
地元にいたときかかってた心療内科ちょーよかったお
おもしろいもんあの先生
だとしても実家に帰って治療専念しますって
そんなわけねーし
実家帰ったらますますうんこじゃん
そうね、とりあえず、どっか病院電話かけなきゃ…
うううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう
こないだの仏教関連の授業でふいに「生きることは苦なんだったらワタシしんでもええのん」
って質問したくなった
っていうか今度してみよう
いまいちわからん
“生きているのではなく生かされている”件
生かされてるからなんでありがたいんすか
にんげんにうまれてよかったなーって虫けらとかに生まれてたら別に生きるのつらいとか思わんから
そっちのほうが全然楽じゃね?
畜生道万歳やで、ゴータマシッダ−ルタよ。
ま、人間のなかでならそりゃわりと私たちは生かされてるめっちゃありがたい立ち位置、階層ではある。
そいでもしんどいもんはしんどい。アフリカの子供たちとか被災地の人とかいるけど、それを思ってわたしはどうもしなかった。そういう感情がいま欠如しているとしか表現できない。
死にたいもんは死にたい。
まじで人生苦。
で、おめーまだ生きとるんかい。
ぐだぐだぐだぐだと。
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あんまりこういうん読みすぎないようにはしたいけどな
べつに言ってることにさんせいするわけじゃないよ
しかし
この翻訳のおかげか、文章の書き方が好きだわ
挑発しまくり、アナーキー丸出し、アヴァンギャルドな雰囲気モノ
として楽しい一品。
つーか意味わからんとこ多いからまだ全部は読んでないんすよね
最後のほうには、ほんとに薬の種類と致死量かいてあるっちゃ
「完全自殺マニュアル」とか手出したくないけど
ちょっとこのままの興味関心ではそのうち読みたくなるだろうな
あ、でもふつーに本屋に売ってんのかな
―――自殺しようと思うなんて病気としか考えられない、病気といえば即手当てであり、補償なのだ―――
―――理性的に自殺などありえない、それが学校の、社会のあたりまえ
ほお。あたらしい考えだね
まあまずあんたらキチガイだからなんとも言えんなw
ってにやけながら読むのがただしい、はず。
ちょっと同意したくなる箇所とかあると興奮するよねー